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現実は何処? ゴシックミステリ 『この闇と光』 感想

この闇と光 (角川文庫)

表紙のイラスト可愛いですよね

あらすじ

森の別荘に囚われた、王女レイアと父王が、朗読を通してイチャイチャするはなし
ある日を境にして、現実が180度転換する
何処までが幻想で何処までが現実か

以下、ネタバレがないとも限りません

死ぬのか、消えるのか、それとも殺されるのか?

「やはり殺すべきだった……殺してやるわ……殺してやる」

主人公であるレイア姫は、幾度となく使用人のダフネに殺害宣言をされます
6歳ほどだったレイア姫は、このセリフを言われるたびに泣きじゃくります
というようりも、ダフネが近づくたび、ダフネの香水の匂いを嗅ぐたびに、泣きじゃくるんですけどね
そんなレイア姫も年を重ねる内に、盲目の自分がお父様の重荷になっているのではないか、と考えるようになります
そして、ダフネは真夜中に、レイア姫の元で、こうつぶやくのです

「死ねばいいのよ。やはり死ねばいい……王の負担も減るだろう」

このことをきっかけに、レイア姫は死について考えるようになります
作中で、レイア姫は死ぬことはただ消えることだと何回も言っています

私も同じ考えですね。死ぬことは消えること
後にも先にも、残るものはない
ゴシック風のこの世界、つまり中世ヨーロッパの生死観はどんな感じだったのでしょうね

レイア姫は父のためなら殺されていいとは、考えますが
自分で死のうとは一切考えないのです
当然ですね、自分はいつまでも父とイチャイチャしていたいのですから
だから、殺されたい、消えたいという、消極的死を望むのです

腐った目をしてる、悟り世代とかも同じような気がします
わざわざ、自分から死のうとはしないし、そんな勇気もない
けど、消えるなら消えてしまってもいい
こう思っている人って案外多いと思います

最後に

叙述トリック系ミステリですが、アッと驚くような結末ではありませんでした
伏線回収はきっちりしており、風呂敷のたたみかたは鮮やかでした
ただ、明かされていない謎がいくつかあり、もやもやします

作中でレイア姫が読んでいた本は、私も読もうと思っていた本ばかりです
ヘルマン・ヘッセの『デミアン
エミリー・ブロンテの『嵐が丘
ヒョードルドストエフスキーの『罪と罰
これらは、これから読んでいこうと思います